不安定な口、逃走する耳、穴
An unstable mouth, an ear wandering, a hole
2020

Past exhibition;
"404 Near Nowhere Newtopia", 2020, @Gallery LE'DECO





 一つの身体に生まれた全ての言葉が、発話されるわけではない。同時に、一つの身体に与えられた全ての言葉が、聴取されるわけではない。解離性障害においては、一人の人間の中に複数の話し手が存在する。またある種の自閉症者は、一つのことがらに集中することによって周りの会話を遮断し、騒音(いわゆるノイズ)として自分から切り離すことができる。ふとした瞬間、口は自分の思ってもいなかったことを語り、耳は勝手に塞がり、気がつけば常に、誰が、何のために話しているのかわからない。 

作品内において送信機となる二つの彫刻、“口”は高く建てられた台の上で(*1)、通電/断線を繰り返している。それぞれ男性の声、女性の声を担っているが、一人の人間の口をバラバラにしたように -まるで以前は一つの主体(*2)だったものが、解体されてしまったかのように- 作られており、実際には途絶え途絶えの、断片的な言葉だけが発話される。また内部をだらしなく垂らし、ゆらゆらと逃走する受信機 ”耳”は、FMという通信方式の都合上、近くにある一つの”口”からしか音を拾うことができない。”口”によって断片的に発話され、”耳”によって断片的に聴取された話が最後に漏れ聞こえるのは、壁に開いた”穴”からである。




*1 モニュメント(もしくは彫刻)における台 -高さ-と、男性性(男根)との紐付きについては、Corinna Tomberger, The Counter-Monument: Memory Shaped by Male Post-War Legacies, p224-232, 2010, Palgrave Macmillan, London に記述がある。本文で参照されている James E.Youngは、既存の地面から高くそびえ立ち、恒久性を維持しようとする性質の彫刻に対して、むしろ地中に潜り、ゆくゆくは消えていくような性質のもの(feminine form)をcounter-monumentの一例として対比している。

*2 本作品では、論理的で一貫した話/切り離され断片的にまた再接続される話 を、パラノ/スキゾという観点から対比すると同時に、発話と聴取の関係における発話者の優位性について焦点を当てる。この構図は*1の高さの問題とも重複している。

*2 主体の解体とその表象についての記述は無数に存在するが、本作ではベケット論を起点に Moorjani Angela, Aesthetics Of Loss And Lessness, 1992, Palgrave Macmillan UK また、Gilles Deleuze and Anthony Uhlmann, The Exhausted, 1995, The Johns Hopkins University Press を参照した。



Materials: Mixed media
Form: Installation
Size: Variable