I see a mechanical ghost
2019

インスタレーション内での音声:Instructions
Text: Text

本作品は、”機械”という言葉とその表象の問題を皮切りに、機械という存在が人間のものの見方に与えてき た影響について言及するものである。『アンチ・オイディプス』においてドゥルーズ/ガタリが述べた、「全て のものは機械である(機械として表象しうる)」という言説を主題として、日用品の組み合わせによって偶然的 に生まれる”機械らしきもの”や、”機械らしさの記号化”によって起きる見間違い、錯乱の現象について扱う。
ドゥルーズ/ガタリが言及した”機械”とは、その起源における器用仕事的な(ブリコラージュのような/即席的な)側面を含んだものであり、そこには現存の”機械”のイメージとは少し異なる、機械の部分同士の流動性が存在していた。 機械の工業化(マス化)はのちの時代においてこのような流動性を失わせると同時に、機械の外見の画一化に寄与することとなっている。 本作品はこのような背景から出発し、現代の機械像として頻繁に現れる、白い躯体、シンプルでミニマムなフォル ム、ガラス張りなどの共通の記号を超えて、文学/哲学/機械工学を跨いだ機械の概念の拡張を探るものである。
会場にはCDプレイヤーとその記号の集合体が対になって制作されており、CDプレイヤーからはループ式のガ イダンスが提供される。ガイダンスの中では、機械における原動部分と作業部分が互いに定義しあい、共依存関係として成り 立っていることを例として、”機械”という言葉が表象する特殊な関係性の存在を明らかにする。同時に基盤や コードなど現代における機械に必然的に見られる部品は、同じ色や形状を保ったまま、テクスチャの異なる何かで置き換えられることによって、記号化/連想の延長線上にあるネットワーク上(意味上)の”機械”について 議論を向ける。最終的に鑑賞者は全てのものを機械として認めらるようになり、さらに作品内の仮設的な椅子 に腰掛けることで”鑑賞機械”に取り込まれることとなる。

Materials: Mixed media
Form: Installation
Size: Variable